民俗学

名字(苗字)の歴史・由来・起源とは?多い名字ランキング付きで解説!

はじめに

こんにちは!
あなたは自分の「名字」,気に入ってますか?

私たちが当たり前のように使っている名字ですが,一体どのようにして決まったのでしょうか?

今回は,名字を私たちが当たり前のように使うようになるまでの歴史を中心に,名字にまつわる謎を解き明かします!

1. 世界一バリエーション豊かな日本の名字

学校に通ったり働いたりしていると,珍しい名字の人に会うことがありますよね。

例えば,以下のような名字が有名です。

  • 小鳥遊(たかなし) ➡︎ タカがいないと小鳥が安心して遊べるため 
  • 月見里(やまなし) ➡︎ 山がない里では月がよく見えるため
  • 栗落花(つゆり) ➡︎ 梅雨入りの時期に栗の花が落ちるため

日本の名字のバリエーションの豊かさは世界一と言われます。

実際に,日本と同じく漢字文化圏の中国・韓国と比較してみましょう。

ご覧のように,文字通り桁違いの種類の名字が日本には存在します。

その中でもメジャーな名字トップ20は以下の通りです。

日本の名字は

  1. 1種類あたり約1000人ずつと,他国に比べてその人数が少なくなっていること
  2. 「佐藤」や「鈴木」などメジャーな名字に数十〜100万人以上が集中していること

を考えると,1人~数人程度しかいない極めて珍しい名字の人も多くいるであろうことが想像できます。

2. 名字の概要と歴史

さて,日本の名字のバラエティ豊かさをご理解いただいたところで,今度は名字の概要と歴史を探っていきましょう。

まずは名字の概要ですが,最も長々しい「戦国武将のフルネーム」を題材に見てみます。

このように,戦国武将の正式名称は何とも長いものだったようです。

私たちに馴染みのある名字より前に来ている「氏」「姓」は,現代では「氏名」「姓名」のように,「名字」と同義の使われ方をしていますが,本来は上記のような役割分担がされていたということになります。

さて,次に名字の歴史を見ていきましょう。

よく知られているように,江戸時代以前,名字は限られた人のみが名乗ることを許されていました。

それが今では日本人のほぼ全員が当たり前のようにそれぞれの名字を名乗っています。

果たして,どんな歴史的背景が隠されているのでしょうか。

時代の順を追って見ていきましょう。

①古代

古代

名字の登場以前,5~6世紀の古代日本。
この頃の日本の中心的権力はヤマト政権でした。
ヤマト政権は,大王(おおきみ。後の天皇)を頂点として,畿内(現在の大阪府・奈良県の大部分と京都府・兵庫県の南部)に成立していた豪族の連合政権です。

このヤマト政権が設定した豪族の身分秩序が「氏姓制度」です。

氏姓制度
➡︎ヤマト政権が政治を行うための基盤とした豪族の身分秩序。以下のように「氏」と「姓」に分かれる。

…一族全体の呼び名。
一族が支配する土地の地名や,職業に由来したものが多い。
※氏はあくまで「〇〇一族」の名称であり,「夫婦とその子供」を指して「〇〇家」とする名称ではない

…ヤマト政権内での豪族の「地位」を表す称号。

ところが奈良時代になると姓の一つ「朝臣(あそん)」を名乗る者がほとんどとなり,姓は形骸化しました。

②平安時代

平安時代

さて,時代が下るにつれ,姓に続いて氏も形骸化が進みます。
すなわち同じ氏を名乗る者が多くなるわけですが,その起源は「源平藤橘」だと言われます。

源平藤橘(げんぺいとうきつ)
➡︎天皇から氏を授けられた有力氏族たち。
すなわち,源氏・平氏・藤原氏・橘氏のことで,大化の改新(645年)の中臣(のち藤原)鎌足の活躍以来,藤原氏→橘氏→源氏→平氏の順に歴史に登場してくる。

平安時代末期までにほとんどの者は源平藤橘のいずれかを名乗るようになり,かつ地方にも氏を持つ者が広がったため,氏は形骸化していきます。
同じ氏の者同士を区別するために「〇〇(地名)の△△(個人名)」などと名乗るようになり,これが名字の起源となっていきます。

 藤原氏は平安時代に朝廷で栄華を極めたイメージがありますが,一方で大量の同族人が朝廷に溢れ,朝廷で出世できる可能性がかなり低くなってきました。
 そこで,藤原氏の一部は地方に下って武家となる道を選びました。こうして生まれた武士たちは藤原氏というルーツに誇りを持っていたため,名字にも「藤」の字を取り入れました。
 こうして,現代までメジャーな名字として受け継がれる「佐藤」「内藤」「加藤」「武藤」「後藤」「近藤」「藤井」などの名字が誕生したのです。

 平安時代末期,源平藤橘にルーツを持つ武士たちの間で,形骸化した氏姓に代わって,のちに名字となっていく通称が用いられ始めます。この通称は地名に由来するものが多かったと言われ,これはそもそもそれぞれの武士が自分の領地がどこかを明確にするためだったとされます。

結婚生活の変容と「家」概念の発生
➡︎名字は,一族(=氏)の中でもさらに「夫婦+子供」という「家」を表す名称として広く用いられていきますが,その背景の一つには結婚生活の変容があると言われています。
 平安時代末までは,夫が妻の家に通う「通い婚」が普通で,夫婦は同居せず,子供は母方の実家で育てられました。
 ところが,平安時代末以降には夫婦と子供が同居して生活するのが普通となり,父親を代表とする「家」が多数生じました。これにより,「氏(一族)」よりも細かくそれぞれの「家」を区別する必要が高まり,名字の普及が促進されました。

③鎌倉時代

鎌倉時代

さて,源氏と平氏の対決が源氏の勝利に終わり,源頼朝が鎌倉幕府を開いて鎌倉時代が始まります。

頼朝は,幕府と主従関係を結んだ武士を御家人と呼び,その領地を保証すると共に名字を与えました。下級の武士には名字が与えられず,ここに来て名字は幕府直下の武士の「特権」になったというわけです。

先述のように,平安時代末期には既に,「名字」と「土地」には密接な関係がありました。鎌倉幕府は幕府への貢献によって御家人に土地を与え,その土地を支配する者の証としての名字をも授けたのです。

これは史上初めて,武家政権が名字を公式に授与・管理した事例でした。
一方,鎌倉から地理的に離れた西国など,幕府の影響力が弱い地域では,武士団が幕府の許可なく名字を名乗ったり,家臣に名字を与えたりしており,そこまで強固な支配ができていたとは言えない状況だったようです。

④江戸時代

江戸時代

 織田信長が本能寺の変で倒れた後,彼に代わって天下統一を成し遂げたのは豊臣秀吉でした。秀吉は農民出身でしたが,武士と農民の区別が曖昧であることを問題視しました。

 そこで秀吉は刀狩を行って農民から武器を取り上げ,武士と農民の身分の区別を厳格化しました。

 さらに秀吉の後に権力を握って江戸幕府を開いた徳川家康は,庶民に対して名字を名乗ることを禁止しました。つまり,刀を所持することと名字を名乗ることを武士階級の特権としたのです。これが「苗字帯刀御免」です。

 名字を武士(御家人)の特権としたのは鎌倉幕府と似ていますが,江戸幕府の支配力は全国に及んだため,庶民は(それまで名字を名乗っていた者でも)公の場で名字を名乗ることはできなくなりました。

庶民に対して名字の使用が禁じられた一方で,家紋は引き続き使用が認められました。
こうして,江戸時代を通じて家紋は名字の代わりともなり,袴などの礼服に家紋を入れる慣習が定着していきました。

⑤明治時代

明治時代

約270年にわたった江戸時代が終わり,明治時代が始まりました。
明治時代はまさに「激動」を絵に描いたような時代でしたが,その中でも大きな変化は「身分制の廃止」でした。

特権階級だった武士が農民や商人と平等とされ(四民平等),武士の特権であった「苗字帯刀御免」も廃止されることになります。

この頃の名字に関する出来事をまとめた年表が以下になります。

名字関連の出来事年表

明治政府は,1870(明治3)年の「平民苗字許可令」によって,庶民に名字を名乗ることを許可しました。
この背景には,税制と兵制を確立するために,国民の戸籍の整備を急ぐ明治政府の意向がありました。

ところが,名字は政府が期待したほどには一般的になりませんでした。
人々が,名字を名乗らないという長年の慣習を捨てられなかったためや,名字を名乗ることで税金を多く取られるのではないかという懸念があったためと言われています。

そこで「平民苗字許可令」から5年後の1875(明治8)年に「平民苗字必称義務令」が発令され,名字を名乗ることは「義務」になりました。

こうして,現代の私たちがよく知る「名字+個人名」が当たり前の世界がようやく実現したのです。

明治時代の名字の決定パターン
➡︎名字が義務化された際に,人々はどのように自分の名字を決めたのでしょうか。代表的なものは以下のようです。

  1. 江戸時代には公的に使用できなかった先祖の名字を復活させた
  2. 自分で考えた
  3. 地域の有力者(お寺の住職や庄屋など)に頼んで決めてもらった
  4. 役場が担当地域の世帯の名字を一斉に考案した

まとめ

今回は,私たちが普段当たり前のように使っている「名字」の謎を追いました。

以下が,分かったことのまとめになります。

名字の歴史まとめ

このように,名字は1000年以上の時間をかけて,一部の貴族や豪族などから日本人全員のものへと浸透してきました。

普段何気なく使っているものも,よく調べてみると奥深い歴史や人々の思いが詰まっているものですね。

この記事を最後まで読んでくださったあなたも,自分の名字のルーツを調べてみてはいかがでしょうか?

それではまた次回の記事でお会いしましょう!

参考書籍

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猫と糖分を愛する経営コンサルタント