アート

なるほど名画解説!−ブリューゲル『バベルの塔』−

バベルの塔

作品プロフィール

作者:ブリューゲル
制作年代:1563年頃
場所:ウィーン美術史美術館
技法:油彩

 

はじめに

バベルの塔

画面いっぱいに広がる,建設中の巨大な建造物。
最上部は雲よりも高い位置に顔を出しています。

画面には建設に携わる人々が細かく描きこまれ,今にも工事現場の喧騒が聞こえてきそうです。

さて,この絵はどんな場面を表しているのでしょうか?
そして,隠されている謎とは?

解説

この絵が描いているのは「バベルの塔」。
『旧約聖書』の「創世記」第11章に記された「世界に様々な言語が生まれたきっかけ」の物語です。

以前ご紹介したように,世界が大洪水によって一度滅ぼされた後,唯一生き残ったのがノアの一族でした。時を経て,人間は再び数を増やしていきます。

この頃,人々は唯一の共通言語を用いてコミュニケーションを取っていました。やがて住むのに適した平野を見つけると,そこに大きな街を築き,発展させていきます。

こうした様子が,『旧約聖書』には以下のように記述されています。

全地は同じ発音、同じ言葉であった。
時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。

彼らは互いに言った、
「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。
こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。

彼らはまた言った、
「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。
そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。

これを天上から見ていた神は,人間が同じ言葉を話して意志を通じ合わせるからこそ傲慢になり,神に並ぼうとするかのような高い塔の建設を行おうとするのだろうと考えたようです。

そして,このまま増長させてはいけないとばかりに,以下のように言います。

「民は一つで、みな同じ言葉である。(中略)
さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互いに言葉が通じないようにしよう」

こうして神は地上の人間たちの言葉を乱して,互いに意思疎通ができないようにしました。

結果として人々は街の建設をやめてあちこちに去り,建設の止まった街の名前はバベルと呼ばれました。「バベル」はヘブライ語の「バラル(混乱)」から来ているとされます。

人々が建てようとしていたこの「天まで届く塔」こそがかの有名な「バベルの塔」です。

さて,改めてこの絵を眺めてみましょう。

それにしても本当に巨大な塔です。

この絵では太陽光が画面左側から差して来ていますが,バベルの塔の右側の街は塔の影に完全に覆われてしまっています。

塔の影に覆われる街(塔の影に覆われる街(画面右端)。 こんな建造物が現代日本に建てられたら,近隣住民から日照権の侵害で訴えられること間違いなしです。

荘厳さを感じさせる一方,どこか見る者に不安な印象を与えるのは,塔全体がやや左に傾いているからでしょうか。

仮にこのまま塔が完成すると,「ピサの斜塔」のような状態になるでしょう。

ピサの斜塔ピサの斜塔

この絵画の大きさは114cm×155cmと,壮大な印象に比して小ぶりなサイズです。しかしその画面の中には,塔の建設に携わる人物が数えきれないほど多く描きこまれています。

この絵画を見て驚くのは,まるで精密な模型かのように細部までこだわりを持って情景描写がされていることです。

 あくまでブリューゲル自身の解釈になりますが,この塔は,平地に一から人の手で建設された塔ではありません。
 恐らく,元々は天然の岩山のような場所を利用したと考えられます。その証拠に,外壁の一部には剥き出しの岩肌が見え,植物も生えています。
(画像赤枠部分)

そして主な建築材料となっているのが,れんがと石版です。

先ほどの聖書の引用でも言及があったように,人間の持つ技術の発達によりれんがが使われるようになっています。

塔上部の赤みがかった部分がれんがによる基礎部分で,白い石板で外壁を覆うという構造でこの建造物は造られています。

クレーン白い石版を吊り上げるクレーン

画面右下の船着場から,画面中央の坂を登ってレンガや石板を引っ張り上げて使用している過程が丹念に描かれています。

ブリューゲルは自分の生きた時代の最新技術や習慣を絵に取り込む画家であったため,聖書の時代には到底存在しない「クレーン」を画面に描き込んでいます。

クレーン本体の両側についた大きな輪の中に人間が入り,ハムスターの回し車の要領で回転させることで石板を引っ張り上げています。

滑車を回す人滑車を回す人

現代の建設現場でもよく見られるような足場が組まれている様子まで細かく描き込むことで,画面にリアリティが生まれています。

組まれた足場組まれた足場

休憩を取っているのでしょうか,よく見ると,地面に寝転ぶ労働者がいるなど,本当に多種多様な人々が描かれており,観ていて飽きません。

寝転ぶ人々寝転ぶ人々

この『バベルの塔』を描いた画家・ブリューゲルは『農民の踊り』で有名ですが,人々の何気ない暮らしを描き続けた彼らしさがこの絵でも発揮されているようです。

農民の踊り『農民の踊り』

後ほどまたご紹介しますが,ブリューゲルは少なくともあと2枚「バベルの塔」を描いていますが,もう1枚現存している「バベルの塔」では,絵の中におよそ1400人もの人物が描き込まれていることが分かっています。

そして,画面左上から竜巻のようにうずを巻いて降りてきているように見える黒い雲にも注目です。

降りてくる黒雲降りてくる黒雲

これは,塔の建設を見に降りてくる神の象徴ではないでしょうか。

実際,もう1枚現存している「バベルの塔」の絵では,この黒い雲が塔の周りをぐるりと取り囲んでいます。

小バベルブリューゲル『バベルの塔』(通称:「小バベル」)

こちらのバージョンの絵では塔が完成に近づいており,間もなく神が人間に裁きを下すことを暗示しているかのようです。

 

この名画の「謎」

さて,上記の解説を踏まえた上で,残る謎が3つあります。

謎①絵のバベルの塔のモデルは?
謎②バベルの塔の高さは何m?
謎③画面左手前の王様風の人物は誰?

謎①絵のバベルの塔のモデルは?

この絵のバベルの塔ですが,どうも不思議な既視感に襲われる方も多いのではないでしょうか。

バベルの塔

特に,画面左上から右下に向かっての外壁の並び方が気になります。この既視感の正体は,誰もが一度は見たことのある建造物です。

そう,あまりにも有名なローマの「コロッセオ」です!

コロッセオコロッセオ

この絵を描くおよそ10年前の1552年,ブリューゲルはイタリア旅行を行っています。「バベルの塔」はその旅先で見たコロッセオに着想を得て描かれたと言われています。

紀元1世紀末に完成したコロッセオは,剣闘士や猛獣同士の戦いなどを市民の娯楽として提供するための場でした。
一方で,当時登場したばかりの新興宗教で異端視されたキリスト教徒への迫害の舞台となったともされます。

キリスト教徒の迫害
ジャン・レオン・ジェローム『キリスト教徒の殉教者最後の祈り』 コロッセオの地下の檻から猛獣が放たれ,キリスト教徒に差し向けられている

そうした背景から,後にキリスト教がローマ帝国に公認され広く認められるようになると,神への冒涜を象徴する地とされました。

まさに神への冒涜の物語である「バベルの塔」の着想を得るにふさわしい場所だったわけです。

謎②バベルの塔の高さは何m?

さて,次に気になるのはバベルの塔の高さです。

「その頂を天に届かせよう」と言いながら人々が作ったこの塔ですが,一体どれほどの高さのある塔なのでしょうか。

ノアの方舟についてはサイズが明記されていましたが,バベルの塔の高さについて聖書は一切言及していません。

この謎について,ブリューゲルの描いた絵の中の「バベルの塔」については東京藝術大学の研究チームが答えを出しています。
ブリューゲル作のもう1枚の「バベルの塔」について先ほど少し触れました。

小バベル

今回ご紹介しているウィーン美術史美術館所蔵のものより小さいことから,「小バベル」と呼ばれていますが,絵の中のバベルの塔はこちらの方が建設が進んでいます。

絵の中の人間の平均身長を170cmとしてこのバベルの塔の高さを藝大チームが算出したところ,約510mという結果が出ました。

日本の代表的建築物とイラストで比較すると,以下のようになります。

高さ比較

スカイツリーに次ぐ高さとは,改めて驚きますね!

しかもバベルの塔の建設は完成前に神の怒りを買ってストップしてしていますが,この絵の塔の完成度は7割というところなので,完成していれば700m超えとなっていたかもしれません。

謎③画面左手前の王様風の人物は誰?

最後の謎は,この絵の中で最も目立つ人物についてです。

この絵の中で表情をはっきり目視できるのは画面左手前の丘にいる人々のみですが,その中に白いマント姿に黄金の杖のようなものを持った高貴な身なりの人物がいます。

いかにも王様風のこの人物は,一体何者なのでしょうか。

ニムロド

この人物の名前は,ニムロド

以前ご紹介したノアの息子の一人,問題児のハムの子孫です。

「ニムロド」の名前はヘブライ語で「反逆する者」という意味です。

実は,バベルの塔の建設を主導した人物は,聖書で言及されていません。一方,ニムロドは旧約聖書中に「世の権力者となった最初の人である」と記述されています。

一介の人間であるにも関わらず権力者として聖書に記述された彼は,後の芸術作品において,バベルの塔の建設を主導して天(=神)に近づこうとした傲慢な人物として描かれることになります。

ブリューゲルが『バベルの塔』を描く200年以上前,イタリアを代表する詩人・ダンテの叙事詩『神曲』では,ニムロドは地獄の第九圏に繋がれていることになっています。

彼に下された罰は,自分の言葉が決して他人に理解されないまま話し続け,また他人の言葉を全く理解できないまま話を聞き続けるというものです。

「言語の混乱を引き起こした者にふさわしい罰を下されているであろう」とのダンテの想像から,このように描かれることになったと考えられます。

「問題児のハムの子孫のニムロドもやっぱり問題児だろう」という意識も,どこかにあったのかもしれません。

まとめ

今回はブリューゲルの名画『バベルの塔』を取り上げました。
その結果,以下のようなことが分かりました。

・『バベルの塔』は,天まで届く塔の建設を目指した人々と,それに対する神の罰の物語を描いた名画
・クレーンなど,当時最先端の建設技術が描かれている
バベルの塔のモデルはローマのコロッセオと言われている
・バベルの塔の高さは絵から推定すると約510m
・左手前の王様風の人物はノアの子孫であり,「反逆者」の意味の名前を持つニムロド

美術作品には,素人だからこそ様々な視点で楽しめるという魅力があります。
今後も様々な作品を取り上げて鑑賞,考察していきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました!!

参考書籍

 

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猫と糖分を愛する経営コンサルタント