アート

なるほど名画解説!−ルソー『眠れるジプシー女』−

眠れるジプシー女

作品プロフィール

タイトル:『眠れるジプシー女』(眠るジプシー女・眠れる旅音楽師)
作者:アンリ・ルソー
制作年代:1897年
技法:油彩
サイズ:129.5 × 200.7cm 
場所:ニューヨーク近代美術館(アメリカ)

はじめに

月夜の砂漠で眠る女性に忍び寄る,1匹のライオン。
あわや大惨事の一歩手前の瞬間を描いたようにも思えますが,本当にそうなのでしょうか。

さて,この絵はどんな場面を表しているのでしょうか?
そして,この絵にまつわる謎とは?

解説

この絵が描いているのは,「月夜の砂漠で眠るジプシーの女性とライオン」。
まずは,「ジプシー」とはどのような人々を指すのかを確認しましょう。

ジプシー(ロマ)
➡︎
ヨーロッパを中心に,東アジアを除くほぼ世界全域に散在する少数民族。
荷馬車による移動型の生活を営む人が多かったが,近年は定住型の生活をしているケースも多い。
15世紀にパリに現れた際に「自分たちはエジプトから来た」と語ったとされ,「エジプトから来た人」の意味を持つ「エジプシャン( Egyptian)」の名称が付けられたが,次第に頭音のEが消失してジプシーと呼ばれるようになったとされる。
諸説あるが,実際の出身地はエジプトではなく北インドであるとする説が有力とされてきた。

西洋人と異なる外見で踊りや音楽,占いなど独自の文化を持ち,異国情緒を感じさせることから西洋美術や音楽に影響を与えた。
一方で差別の対象となることも多く,第二次大戦時にはナチスによりユダヤ人と同様に迫害された歴史もある。
近年,「ジプシー」の呼称は差別的であるとし,彼らが自称する「ロマ」の呼称が使われることが多い。

もの思うジプシー女ギュスターヴ・クールべ『もの思うジプシー女』(1869)国立西洋美術館蔵

さて,改めてこの作品を眺めてみましょう。

この作品には,ルソー自身が簡単な説明を付け加えています。

1人の女が,マンドリンと水差し(飲み水の入っている壷)を傍らにして,くたびれきって眠りこんでいます。
ライオンが通りかかって匂いを嗅ぐのですが,食べはしません。
それは空に浮かんだ詩的な月のせいなのです。

ルソーは詳しく説明していませんが,この女性はマンドリンを弾きながら旅をしている旅音楽師のようです。
全体の印象としては,画面上半分を占める夜空の青色と月の乳白色,ライオンや砂漠の茶色といった抑えられた色合いが調和し,静かで幻想的な世界が見事に描き出されています。

また,ライオンが水平な地面に立つ一方,女性が眠る地面が斜面となっていることでやや不安定な印象を鑑賞者に与えます。

そしてこの絵には,「非現実的な描写」と「現実的な描写」が同居しています。

<非現実的な描写>

  • 女性が靴を履いていないのに,女性の足に砂粒一つ付いていない
  • 靴が無いだけでなく服装も砂漠の過酷な環境に全く適応していない
  • 眠っているにもかかわらず,女性は杖をしっかり握りしめている

<現実的な描写>

  • ライオンの筋肉の付き方や姿勢
    (しっぽを少し立てるのはネコ科の動物に共通の「興味を示している」ポーズで,ライオンが女性に興味を持って匂いを嗅いでいることが分かる)
  • 水差しには女性が飲むための水が入っている

こうした非現実と現実が見事に調和した描写こそ,ルソーの得意とするところです。
もう一つの代表作『夢』も,ソファで寝ていて夢を見た女性がソファごと夢の中のジャングルの世界に迷い込んだ…といった趣の幻想的な作品となっています。

『夢』(1910)ニューヨーク近代美術館蔵『夢』(1910)ニューヨーク近代美術館蔵

『眠れるジプシー女』でも,女性はわずかに口元を開け,歯を見せながら眠っています。
これはまさに夢を見ている瞬間であり,さらにこの女性はルソー自身を表しているとする解釈もあります。
この女性は,実際に砂漠にいるようでいない。
そんな印象を与える,不思議な作品と言えます。

『眠れるジプシー女』の発想の源
➡︎この作品は,抑えた色合いと,(ルソーにしては)少ないモチーフ数が特徴です。
ルソーは当時非常に有名だったジャン=レオン・ジェロームという画家と交流があり,砂漠に沈みゆく太陽をライオンが見つめる『二つの威厳』という作品に着想を得たともされます。

ジェローム『二つの威厳』ジェローム『二つの威厳』(1883)

もし上記が事実としても,眠るジプシーの女性とその持ち物(枕・水差し・マンドリン)はルソー独自の要素です。
先述の通り,ジプシーの人々はヨーロッパの人々にとって「異国情緒」を象徴する側面があり,異国のようなジャングルの絵を得意とし,植物園や動物園に通い詰めて写生を続けたルソーらしいモチーフと言えます。


『眠れるジプシー女』は,ルソー自身の生まれ故郷のラヴァル市(パリ北西部の地方都市)に売却を試みたものの,失敗に終わっています。
その後,ある木炭商人によって購入されたものの放置されて行方不明同然の状態となり,およそ26年後にアメリカのコレクターに購入されることとなりました。

この名画の「謎」

さて,上記の解説を踏まえた上で,残る謎があります。

ルソーはなぜ故郷のラヴァル市に『眠れるジプシー女』を売ろうとしたのか?

現在著名となっている画家たちの資料を見ていても,生前に故郷の地方自治体に対して絵を売り込もうとした画家は非常に少ない印象があり,ルソー特有と言えるこの謎について考えてみたいと思います。

私は,この理由を

  1. 現実的な理由
  2. 故郷への思い

という2つの観点から考えてみました。

①現実的な理由

まずは,現実的な理由からです。
ありていに言ってしまえば,現実的な理由とはズバリお金です。

『眠れるジプシー女』を制作した1897年,ルソーは非常に苦しい状況にありました。
この年,息子のアンリ=アナトールが亡くなり,娘はこの3年ほど前にルソーの元を去って親戚の家へと移っていたのです。既に妻を亡くしていたルソーは,いよいよ孤独になりました。

さらに,経済的に非常に困窮していました。
原因は,絵具・キャンバスといった画材代です。
ルソーは1896年に10点,1897年に9点,1898年に5点と3年間で24点もの作品をアンデパンダン展に出品しています。

アンデパンダン展(独立展)
➡︎少額の出展料を支払うことで誰でも自分の美術作品を展示することができる,無審査形式の展覧会。
アンデパンダンは英語で言うところのindependent(独立)を指し,それまでフランス国内の唯一絶対の美術展であったサロン(官展)に対抗して1884年にパリで開催されて以来,今日まで行われている。
ルソーのほぼ唯一の発表場所であり,ルソーの出展作品は毎回観衆の注目を集めた。

ルソー『第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神』『第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神』(1906)東京国立近代美術館蔵

これらはこの頃描いた作品のごく一部であり,ルソーが使用した多量の画材代は,既に退職して年金暮らしだった彼の収入をはるかに上回るものでした。実際,つけ払いで購入していたこれらの画材代を支払うことができずに,数年後ルソーは画材店に訴訟を起こされることになります。

  • パリ郊外の市庁舎の壁画コンクールへ応募する
  • 借金返済の代わりに債権者の家族の肖像を描く
  • 近所の人々のための絵画・音楽教室の講師を務める
  • 劇団で上演してもらうための脚本を執筆する
  • 大聖堂前の広場でボンボン(アメ)を売る

といった涙ぐましいまでの金策に奔走していたのです。
『眠れるジプシー女』を故郷のラヴァル市に買い取ってもらおうとしたのも,上記のような金策の一つであったことは間違いありません。

しかもこの当時,ラヴァル市長を務めていたのは高校時代の上級生であった人物でした。
顔見知りの縁もあり,ルソーは『眠れるジプシー女』を1800フラン〜2000フランで買い取ってくれるよう依頼しています。
ルソーの当時の唯一の収入源である年金の額は年1000フラン程度であり,年収の2倍というルソーにとっては大金を獲得しようとしたのですが,しかし,この試みは失敗に終わりました。

②故郷への思い

次に,絵画売却の理由としてルソーの「故郷への思い」について考えてみたく思います。
ルソーは27歳から49歳までの22年間,パリ市の入市税関の職員として働く傍らで絵を描き始めました。
現在残っている作品のほとんどは税関退職後のものですが,ルソーは「税官吏(ドゥアニエ)ルソー」と呼ばれることもあります。

一方,ほとんど知られていないのが,ルソーが生まれ故郷のラヴァル市で過ごした幼少期です。
ルソーは学校の成績が悪く,多少図画と音楽が得意という子供だったようで,軍人の家系出身で厳しかった母親からあまり可愛がられなかったようです。

また,父親はブリキ屋でランプ製造を生業としていましたが,ガス灯の発明と普及によりランプが売れなくなり,不動産投機にも失敗したことから一家の暮らしは一気に苦しくなります。
これにより,ルソーは希望していた美術学校への進学を諦めなければなりませんでした。
また,厳格な家庭だったために,画家になりたいと言い出すルソーは「見捨てられた変人」だったと,後年ルソーの孫娘が語っています。

もし両親が私の絵の才能を認めていてくれたら…私は現在フランスで最も偉大で最も金持ちの画家になっていただろう。
(中略)両親に財産がなかったために,芸術的な才能が要求するのとは異なった道を,とりあえず歩まざるを得なかった。

後にこのように語っているように,伝統的な美術教育を受けられなかったことはルソーのコンプレックスでした。
ルソーが描く絵は,遠近法などの技法面が伝統的な様式に従っていなかったこともあって当時の人々の目には奇妙なものに映り,展覧会ではルソーの絵を取り囲んだ人々から常に爆笑が沸き起こっていたといいます。

こうした様子は新聞にも取り上げられ,評論家から酷評されることもありましたが,ルソーはそうした記事を丁寧に切り抜いてノートに貼り付け保存していました。
ルソーにとっては,たとえ酷い評判であっても,「注目される」ことは「存在を認められる」ことを意味しました

私は,ここにルソーの幼少期からのトラウマが関係していると考えます。
学業の成績こそが価値として,学業で結果を出せない自分にあまり関心を注いでくれなかった両親は,ルソーの心にぽっかり穴を空けたのではないでしょうか。

ルソーにとって生まれ故郷ラヴァルは,決して楽しい思い出が多い場所ではなかったはずです。
それにも関わらず,ルソーは『眠れるジプシー女』の売却をラヴァル市長に持ちかけました。
もちろん経済的な理由があったことは間違いありませんが,一方で,「存在を否定され続けた思い出のある故郷に自分の作品を買ってもらうことは,自分が認められること」とルソーが考えていた可能性はあると考えられます。

小生は,この絵を1800フランから2000フランでお譲りします。
ラヴァル市が,その息子の一人の思い出を持っていて下さるなら,嬉しいからです。
-ラヴァル市長宛の手紙(1869年)より

ルソーは,どんなに安い値段であっても画商に作品を買ってもらうことを大きな喜びとしていました。
それは,彼が芸術家として認められている何よりの証だったからです。
結果としてラヴァル市に作品を購入してもらうことはできませんでしたが,仮にラヴァル市がルソーの提示額よりはるかに安い価格での購入を提案してきていたとしても,ルソーは喜んで承諾していたかもしれません。

そして,先述のように,ルソーは『眠れるジプシー女』の重要な構成要素の一つとして「詩的な月」に自ら言及しています。
ラヴァル市に暮らしていた頃,ルソーの父親がブリキ屋として販売していたのも,月と同様に優しい光で夜の闇を照らすランプでした

ルソーが自分の原点であるラヴァル市に購入してもらおうとした作品で月をモチーフとしたのは偶然ではない
このように考えるのは,考え過ぎでしょうか?

余談:NHKの美術番組『びじゅチューン!』

NHKの美術番組で『びじゅチューン!』という番組があります。
世界の有名美術を題材に,映像アーティストの井上涼さんがオリジナルの歌とアニメーションを展開する番組で,私のイチオシが今回取り上げた『眠れるジプシー女』がベースになっている『ルソー5』です。

一度聴くと耳に残る,とても印象的な作品となっているので是非一度ご覧になってみてください。

まとめ

今回はルソーの名画『眠れるジプシー女』を取り上げました。
その結果,以下のようなことが分かりました。

  • 『眠れるジプシー女』は,月夜の砂漠で眠る女性と,その傍らに佇む1匹のライオンを描いた名画
  • 夜空の青色と月の乳白色,ライオンや砂漠の茶色といった抑えられた色合いが調和し,静かで幻想的な世界が描かれている
  • 非現実的な描写と現実的な描写が同居し,女性が見る夢の世界と現実が混ざり合っているような不思議な印象を受ける
  • ジェロームの絵画『二つの威厳』から着想を得た可能性もあるが,異国情緒を感じさせるジプシーの女性がルソー特有のモチーフとなっている
  • 経済的に困窮していたルソーは『眠れるジプシー女』を故郷のラヴァル市に売却しようとして失敗した
  • ルソーにとって「注目されること」「自分の作品を買ってもらうこと」は「自分の存在を認めてもらうこと」だった
  • 『眠れるジプシー女』でルソーが描いた月は,父親がラヴァル市時代に製造していたランプと何らかの関係がある可能性がある

美術作品には,初心者だからこそ様々な視点で楽しめるという魅力があります。

今後も様々な作品を取り上げて鑑賞,考察していきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました!!

参考書籍

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猫と糖分を愛する経営コンサルタント