作品プロフィール
タイトル:『グランド・ジャット島の日曜日の午後』
作者:ジョルジュ・スーラ
制作年代:1884~1886年
サイズ:207.6cm × 308cm
技法:油彩
場所:シカゴ美術館(アメリカ)
解説動画のご紹介
本記事の内容は,YouTube上にて動画形式でご覧になることも可能です。
音声も入ってより分かりやすく解説しておりますので,よろしければ是非ご覧ください!
はじめに
水辺の草地に集まる,多くの人々。
ある人は寝そべって煙草をふかし,ある人は川に釣り糸を垂らし,またある人は楽器を演奏し…と,思い思いに過ごしているようです。
さて,この絵はどんな場面を表しているのでしょうか?
そして,この絵にまつわる謎とは?
解説
この絵が描いているのは,「週末のグランド・ジャット島で余暇を過ごすパリの人々」。
グランド・ジャット島はパリ西部のセーヌ河に浮かぶ中洲で,市中心部の凱旋門から3kmほど離れた場所です。
「グランド・ジャット」とは「大きな盃」という意味で,島の形が古代の盃に似た独特な形をしていることからこの名が付きました。
この絵が描かれた1880年代は,パリ市民に「レジャー」という文化がかなり定着した時代でした。
産業革命の結果として1840年代に誕生した鉄道が,本格的に市民の足として利用され始めたのは20年後の1860年代です。
平日はパリ中心部で働く人々が,週末になると鉄道に乗ってレジャーに出かけるというのがこの頃の生活様式でした。
レジャーの中身としては,散歩や日光浴,ダンスや船遊びといったものが人気だったようです。
これに伴い画家たちも鉄道に乗って郊外に出かけるようになり,スーラに限らず印象派の画家たちはレジャーを楽しむ人々をよく作品に登場させるようになります。
例えばモネの『ラ・グルヌイエール』(1869)では,セーヌ河で水泳や船遊びを楽しむ人々が描かれています。
スーラが描いたグランド・ジャット島もこうした行楽スポットの一つであり,週末には多くの人々が訪れていました。
さて,改めてこの作品を眺めてみましょう。
全体的に,非常に「静か」な印象があると言えます。
この絵には総勢約50名もの人物が描かれているのにこれほど静かな印象を受けるのは,人物の描かれ方と絵画の技法自体に理由があります。
まず人物の描かれ方ですが,これだけの人がいるのに,ほぼ全員が直立不動か地面に座り込んだ姿勢を取っており,しかも横を向いています。
描かれている人々・動物の中で足を宙に浮かせて躍動の姿勢を取っているのはそれぞれ,下の画像の赤丸で囲った1人と1匹だけです。
また,ほとんどの人物の表情が読み取れないように曖昧なものとなっています。その中で,画像青丸で囲んだ白い服の少女だけは鑑賞者の存在をはっきりと認識して目をこちらへ合わせており,白い服と相まって画面の中で際立った印象を残しています。
「静けさ」が感じられるもう一つの理由は,スーラが生み出した「点描画法」にあります。
点描画法
➡︎スーラが光学・色彩理論の研究の成果として生み出した新しい技法。
印象派の特徴は荒々しい筆の跡をキャンバスにそのまま残すことだったが,スーラはサイズがほぼ同じ絵具の「ドット」を画面に配置していく,より緻密な表現を追求して「新印象派」の創始者と言われた。
『グランド・ジャット島』はスーラの一つの到達点であり,画面全体が緻密な点により構成されているため,画面の中で筆遣いの強弱などにより強調されている部分が無いため画面全体が均一な静けさに包まれているような印象を受ける。
『グランド・ジャット島』ではあまりに点が緻密で点描の使用が分かりづらいため,下に点描画法が分かりやすい『エッフェル塔』(1889) を例として挙げる。当時まだ建設中のため,塔の先端が未完成となっていることが分かる。
また,画面構成自体も非常に緻密なものとなっていることにお気づきでしょうか。
これだけの人がいるのにも関わらず,「あるグループの人々が前にいるせいで別のグループの姿が隠れる」ということが一切起きていないのです。
例えば画面左上を一部切り出してみるとよく分かりますが,人々はもちろん,船や木,傘までが計算され尽くして配置され,まるで精密なパズルを見ているようです。
この画面全体に散らばる人々の絶妙に均一な配置も,「静けさ」を演出する要因の一つとなっているのです。
さて,気になる点をもう一つ紹介してから解説部分を終わりたいと思います。
画面右端に一際大きく描かれている一組の男女ですが,女性のお尻はなぜこんなに大きく膨らんでいるのでしょうか。
答えは,「バッスル」という骨組みのような道具で,ドレスの中に仕込んでヒップラインを美しく見せるために使われていました。
当時,パリの女性の間で流行していたファッションだったそうです。
そしてこの男女,実は夫婦ではないことが示唆されています。
ヒントとなるのは,女性が連れているペットのサルです。ヨーロッパではサルは「悪徳」の象徴であり,この男女が不倫関係にあることを暗示しています。
そして,サルの描かれ方にも注目です。
手前の犬と比較してみると,明らかに色が薄く背景の芝生に溶け込むようになっており,あたかも透明であるかのような描かれ方をしています。
これは偶然ではありません。
スーラが本格的にこの絵を描き始めるにあたって通常の油彩画法で描いた最終習作では猿はよりはっきりと描かれていました。何より,手前の跳ねる犬は描かれていませんでした。(画像赤丸部分)
しかし点描で完成させた作品ではサルの姿は薄まり,それと対比されるように手前に配置された犬はくっきりと描かれています。(画像青丸部分)
他に習作からの変更点が多くないだけに,このサルを巡る習作と完成作との違いが一層際立つのです。
スーラは,サルを実在のペットとしてではなく,「不倫の象徴」として概念的に描いたのではないでしょうか。
先ほど,白い服の少女について触れました。
最も目立つ白色(=光の色)の服を着た少女が日なたの明るい光の中でこちらを見つめており,一方で不倫をしていると思しき暗めの色の服を着た男女が日陰で横を向いている。
こうした対比関係があると考えることも可能です。
今となっては誰にも分かりませんが,スーラは,後ろ暗いところのある大人たちへのアンチテーゼ,希望の象徴として少女を最も目立つ白色で,最も目立つ中央部に立たせたのかもしれません。
この名画の「謎」
さて,上記の解説を踏まえた上で,残る謎があります。
スーラはいかにして「点描画法」の創始者となったのか?
この謎について,
- スーラが点描画を「選んだ」理由
- スーラが点描画を「選べた」理由
という2つの観点から考えてみたいと思います。
①スーラが点描画を「選んだ」理由
スーラは,ドラクロワなども学んだ国立美術学校(エコール・デ・ボザール)に入学し,伝統的な美術教育を受けています。
それにも関わらず,全く新しい「点描画法」を生み出したのはなぜなのでしょうか。
それは,スーラが絵画を「科学」として捉えたからです。
スーラは,印象派の登場以前からあった色彩理論や光学理論に興味を持ち,色彩理論の本の内容を書き写すなど独自に研究を重ねました。
そして,印象派が目指したように「光を見たままに表現する」ことを突き詰めるため,原色の点描(ドット)を画面上に緻密に配置し,画面から少し離れた地点で絵を鑑賞する人の網膜上でドットが混じり合うという技法を編み出したのです。
こうしてスーラは「新印象派」と呼ばれる,無数のドットによる画法の創始者となったのです。
下記で,印象派と新印象派を比べてみることにしましょう。
スーラの点描画法は,それぞれの画家が感覚的に色の配置を行っていた印象派とは異なり,明確な科学理論を根拠にしている点が極めて特徴的です。
現代の色彩理論の基本となっている色相・トーン・補色といった概念も把握した上で作品づくりを行っているのです。
スーラは内気で繊細だった反面,自分で決めたことはとことん突き詰める研究者のような気質を持った画家でした。そんな彼だったからこそ,緻密さが求められる点描画法を生み出すことができたと言えるでしょう。
②スーラが点描画を「選べた」理由
さて,次に考えるべきは,スーラが点描画を「選べた」理由です。
わざわざ「選べた」という表現を使ったのには,点描画法特有の性質があります。
それは,作品制作に気の遠くなるような時間がかかること。
ここで読者の皆さんには,「もし自分が画家だったら,完成までに膨大な時間を要する点描画法を選ぶだろうか?」と考えていただきたく思います。
恐らく多くの方は「No!」とお答えになるのではないでしょうか。私も同感です。
単に手間がかかって面倒とかそういう次元の話ではありません。
そう,点描画法には,作品を売ってお金にするチャンスが非常に少なくなるという致命的な弱点があるのです。
何しろ完成までに膨大な時間を費やす必要があるので1年に何点も制作できませんし,通常の油彩の10倍の手間をかけたから10倍の値段で売れるというわけでもありません。
(実際,『グランド・ジャット島の日曜日の午後』は30点以上のデッサン,40点以上の習作を重ねた上で完成まで2年もかかっています)
どんどん絵を描いて,それを売って…というサイクルで生計を立てる画家としては,このような画法はたとえ興味があったとしても普通は選ぶことができないわけです。
ではなぜスーラは点描画法を「選べた」のか。
そう,スーラは多くの画家と違い,非常に裕福だったのです。
下記に,印象派の有名画家たちの経済状況と,活動年数1年ごとの作品数をまとめた表を載せます。
ご覧の通り,裕福だったスーラやマネに比べて,経済的に困窮していた時期がある画家ほど制作作品数が多いことが分かります。
スーラは病気のため31歳の若さで世を去りました。
活動年数も12年間と短く,活動期間1年あたりではなんと平均わずか5点と非常に寡作な画家と言えます。
これは,点描画法という完成に時間のかかる画法を選んだことと,ブルジョワジーで裕福な実家からの支援が十分に行われていたことで無理に作品を次々生み出す必要がなかったからと考えられます。
一生を通じて経済的に困窮していたゴッホは,スーラよりもさらに短い約10年の活動期間しかありませんでしたが,1年あたり平均86点と,スーラの17倍以上のハイペースで作品を生み出していました。
経済状況の違いがいかに大きな影響を与えるかが分かります。
このように,スーラの点描画法は,彼の経済状況が許したがゆえに誕生した技法だったのです。
今も昔も,芸術家を志すにはお金が必要ということに変わりはないようです。
余談:NHKの美術番組『びじゅチューン!』
NHKの美術番組で『びじゅチューン!』という番組があります。
世界の有名美術を題材に,映像アーティストの井上涼さんがオリジナルの歌とアニメーションを展開する番組で,私のイチオシが今回取り上げた『グランド・ジャット島の日曜日の午後』がベースになっている『月曜日モンスター』です。
一度聞くと耳に残る,とても印象的な作品となっているので是非一度ご覧になってみてください。
まとめ
今回はスーラの名画『グランド・ジャット島の日曜日の午後』を取り上げました。
その結果,以下のようなことが分かりました。
- 『グランド・ジャット島の日曜日の午後』は,パリ郊外の行楽地で週末を過ごす人々を描いた名画
- この絵が描かれた頃,鉄道の普及によってパリ市民に余暇の習慣が定着していた
- 無数の点描 (ドット)が緻密に配置され,画面構成も計算され尽くしているため非常に静かな印象を与える絵画である
- 画面右手前の男女は恐らく不倫関係にあり,女性が連れているサルがそれを暗示している
- この男女と画面中央の少女が対比関係にある可能性がある
- スーラには科学者のような一面があり,光学・色彩理論に基づいた点描画法の創始者となった
- スーラは経済的に余裕があったからこそ,制作点数が限られる点描画法を追求できた
美術作品には,初心者だからこそ様々な視点で楽しめるという魅力があります。
今後も様々な作品を取り上げて鑑賞,考察していきたいと思います。
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最後までお読みいただきありがとうございました!!
参考書籍