アート

なるほど名画解説!−プッサン『ソロモンの審判』−

ソロモンの審判

作品プロフィール

タイトル:『ソロモンの審判』
作者:ニコラ・プッサン
制作年代:1649年
サイズ:101cm × 150cm
技法:油彩
場所:ルーヴル美術館(フランス・パリ)

はじめに

ソロモンの審判

広間のような空間に集まる人々。
その中心にいる2人の女性は,激しい身振り手振りで何事かを訴えているようです。
一段高い位置に設けられた豪華な椅子に座った人物が両手の指を立てて何事かを示しています。

さて,この絵はどんな場面を表しているのでしょうか?
そして,この絵にまつわる謎とは?

解説

この絵が描いているのは,「赤ん坊を巡り争う2人の母親と,審判を下すソロモン王」。
『旧約聖書』の「列王記」に記されている以下のようなエピソードです。

同じ家に暮らす2人の遊女が,ほぼ同時に出産した。
ある晩,一方の遊女が誤って自分の赤ん坊を死なせてしまった。
夜の間に,彼女は自分の死んでしまった赤ん坊と,もう1人の遊女の赤ん坊とをすり替えた。
翌朝,我が子に乳を飲ませようとした母親は我が子が死んでいることに気づいて驚愕するが,よくよく見ると自分の赤ん坊ではない。

こうして1人の赤ん坊を巡り,「私こそが本当の母親だ!」と主張する女性が2人,ソロモン王の前に裁きを願い出て,どちらが本当の母親かをソロモン王に判断してもらうこととなったのである。

迷う赤ちゃん本当のママはどっち?

ソロモン王は,「では生きている子を剣で二つに裂き,半分ずつ両方の母親に与えよう」と言った。

驚きえっ…

この言葉を聞いて母親の一人は「この子を決して殺さないでください。彼女(もう一人の母親)にお与えください」と言った。
もう一人は「この子を私のものにも彼女のものにもしないで,引き裂いてください」と言った。

これを聞いたソロモン王は「『この子を決して殺さないでください』と言った方が本当の母親だ」と,見事に真実を言い当てたのだった。

さて,改めてこの作品を眺めてみましょう。

ソロモンの審判

描かれているのは,まさに赤ん坊が引き裂かれようとする寸前,2人の母親の反応を見たソロモンが「本物の母親はこちらだ!」と審判を下す劇的なシーンです。

構図を確認してみると,伝統的な「三角形の構図」が用いられています。
玉座に座るソロモンの頭部を頂点として両手の先へ線を伸ばすと,争う2人の母親を含む三角形が現れます(画像赤線)。
また,同じくソロモンから周囲の群衆の頭部にかけても線を伸ばすと三角形を描いていることが分かります(画像オレンジ線)。

これは画面に安定感・重厚感をもたらす伝統的な構図で,バロック全盛時代の17世紀に生きながら古典主義の大家として活躍したプッサンらしい,王道の表現手法となっています。

ニコラ・プッサンニコラ・プッサン

さらに,この作品は「左右対称」が至るところに用いられていることも特徴です。
具体的には,以下のような点が左右対称になっています。

内装・見守る民衆の配置・母親たちと民衆の服装の色づかいなどが左右対称で,画面に安定感をもたらしています。
さらに,2人の母親の服装はそれぞれオレンジと青,緑と赤という補色の組み合わせが用いられており,数いる人物の中でも目立つように配慮されています。

2人の母親により注目して見てみましょう。
画面左の女性が本物の母親,右の女性が偽物の母親なのですが,以下のような共通点と相違点があります。

両者が見事な対比構造で描かれていることが分かります。
とりわけ重要なのは,ソロモンの審判の根拠となった,「赤ん坊を引き裂くと言われた際,赤ん坊の生を望むのか,それとも死を望むのか」という点です。

本物の母親が,たとえ他人の手に渡ってでも我が子に生きてほしいと願った一方で,偽物の母親は「公平だから」という理由で赤ん坊が半分に引き裂かれることを容認します。これは言うまでもなく本物の母親ならあり得ない言動であり,この両者の差がソロモンの審判の根拠となったわけです。

プッサンの作品で特徴的なのは,偽物の母親が本来の我が子である「亡くなった赤ん坊」を腕に抱えている点です。
「ソロモンの審判」は有名なテーマですが,他の画家の作品では,亡くなった赤ん坊は地面に横たえられていることがほとんどです。

ルーベンス工房『ソロモンの審判』(1617年頃)

 生きている方こそ我が子だと主張するのであれば,「他人の子」であるはずの亡くなった赤ん坊を腕に抱えるのは主張の説得力を弱めかねない行為です。
 ところが,プッサンの作品では偽物の母親が亡くなった赤ん坊をしっかり抱えており,また本物の母親も,まだ返されてこそいないものの,広げた腕の中に自らの赤ん坊が収まるように描かれています。

これはソロモンの正しい裁きによって「あるべきものがあるべきところに」置かれた状態となることを暗示する画家の意図と考えることができます。

もう一点この作品で特徴的なのは,ソロモン王と母親以外の「脇役たち」の表情の表現が非常に豊かであることです。

ソロモンの「この子を引き裂いて半分ずつ2人の母親に与えよ」という台詞を聞いた右端の女性3人が象徴的ですが,身振り手振りを交えた驚愕ぶりがよく伝わってくるのではないでしょうか。
 先ほど挙げたルーベンス工房の作品でもそうでしたが,「ソロモンの審判」を扱った絵画作品の脇役たちは,
「赤ん坊を引き裂く?まあ王様がそう言うなら仕方ないか」と言わんばかりの冷静さを漂わせていることが多いです。

この作品の脇役たちは,一様に驚いていますが,概ね以下の3パターンの反応を示します。

  1. 引き裂かれようとする赤ん坊を凝視する人
  2. ソロモン王を唖然として見つめる人
  3. 凄惨な光景から目を逸らそうとする人

この3パターンの反応を,視線をもとに探ったのが以下の画像です。
①を青線,②をオレンジ線,③を水色線としています。

この中では③目を逸らそうとする人が最も少ない2人となっています。
右端の女性は先ほども紹介しましたが,兵士長?と思われる左端の男性も思わず目を逸らしているのが面白いですね。

さて,上の視線の画像の中で2人だけ上記3パターンとは別の視線の人がいます。

 1人はソロモンの命令を受けて赤ん坊を引き裂こうと剣を構える兵士です(画像緑線)。
この人は完全に赤ん坊をロックオンし,鋭い視線を投げかけています。

 そして,もう1人はソロモン王その人です。(画像赤線)
ソロモンの視線の先は今まさに引き裂かれようとする赤ん坊でも,助けを乞う母親でもありません。
ソロモンは,剣が握られた兵士の右手を凝視しています。

 ソロモンは最初から赤ん坊を本気で引き裂くつもりなどもちろんありませんが,一方の兵士は本気で引き裂こうと剣を構えているわけですから,その剣が振り下ろされる前に「ストップ!」をかけなければなりません。

 この作品では,「ソロモンが本気で赤ん坊を引き裂くと思っている母親・兵士・民衆」と「機転を利かせて正しい審判を下すソロモン」との差が「視線」によって巧みに表現されているのです。

 前者の全員がソロモンの言葉を真に受けた行動を取る中,ソロモンだけが真実を見抜いた上で兵士にストップをかけるという次の行動の準備に入っているということです。これにより,ソロモンの叡智が一層引き立てられます。

 最後に,ソロモンが正しい審判を下しているということがこの作品上でどのように表現されているかを見ていきましょう。結論としては,下記三点によって表現されていると考えられます。

  1. ソロモンの視線
  2. ソロモンの体の配置
  3. ソロモンの指先の位置

このうち,①の視線については前述の通りです。
また,②も比較的簡単で,ソロモンの体は空間中央よりわずかに左にずれて配置されており,①の視線と合わせて左の女性が本当の母親であることを暗示しています。

さて,最後の③ソロモンの指先の位置とはどういうことか。
ソロモンは,両手を同じ形にしてそれぞれの母親の方を指し示していますが,よく見ると右手(鑑賞者からは見ると左側)の方を下げています。
この人差し指の先を基準として地面と平行な線を描き加え,さらに頭から伸ばした腕と体の中心にも補助線を引くと,下画像のようになります。

この形,どこかで見たような…そう,「天秤(てんびん)」です!

天秤は2つのうちより重いものを知ることができる道具であることから,隠された「真実」や「正義」を明らかにする司法・裁判関係のシンボルとなりました。

「ソロモンの審判」はまさに古代の裁判であり,見事に真実(本当の母親)を見抜くソロモン王の体を天秤に見立てたと解釈することも可能です。

プッサンの画力の高さはもちろん,ここまでご紹介した数々の表現の巧みさにはただ脱帽するしかありません。

この名画の「謎」

さて,上記の解説を踏まえた上で残る謎があります。

「赤ん坊の本当の母親裁判」は,なぜソロモン王が直々に対応することになったのか?

ソロモン王の審判の見事さに心を奪われてしまいがちですが,そもそもの疑問として「赤ん坊の本当の母親探し」は,果たして一国の最高権力者たる王が対応するレベルの問題なのでしょうか。

いや,現代においても赤ん坊の取り違えなどで本当の親が分からなくなってしまうことはもちろん大事件です。
しかし,その解決が行政トップの総理大臣や大統領に依頼されることはあり得ないでしょう。

このエピソードが描いているのはソロモン王の治世(紀元前971年-紀元前931年)であり,3000年近く前の古代のため,当時の行政制度がどうなっていたのかはよく分かりません。

このエピソードが描かれている『旧約聖書(列王記)』の記載からこの謎の答えを考えてみましょう。

列王記
➡︎
『旧約聖書』の中で古代イスラエルの民の歴史的体験を綴った「歴史書」の一部で,ダビデやソロモンといった歴代の王の治世の様子を描く書物。

そもそもソロモンは,古代イスラエル王国と敵対していたペリシテ人の巨人ゴリアテを倒して国王となった英雄・ダビデの息子です。

ダビデについて詳しくは以下の記事をお読みいただきたく思いますが,神の加護を受けて国王となったダビデ(※「ダビデ」はヘブライ語で「愛された人」の意味)の物語が,その息子ソロモンにどう継承されたかが「列王記」には描かれているのです。

「列王記」上のソロモンに関する主なエピソードを列挙すると以下のようになります。

ソロモンの英雄的エピソードを抜き出してみると,今回ご紹介している「ソロモンの審判」は,2番目に登場していることが分かります。

そして,最初のエピソードを見てみると,神がソロモンに対して「お前の望むものは何か」と問うて,ソロモンが「善悪を聞き分ける心」「民を正義で持って裁く心」を求め,神がそれを聞き届けて「知恵に満ちた賢い心」を与えていることが分かります。

「どちらの母親が赤ん坊の本当の母親なのか」を審判するというエピソードは,ただの日常生活の中での揉め事ではなく,まさに神から与えられた「真実を見極める力」がソロモンに備わり,発揮されていることを示す話であるからこそ,ソロモンが直々に対応した様子が描かれていることに意味があるといえます。

実際に,ソロモンの見事な審判を聞いた民衆は以下のような反応を示します。

イスラエル(の子)らはみな,王がくだしたこの裁定を聞き,王の前で(王を)畏(おそ)れた。正しいことを行なうための,神の知恵が彼の中にあるのを見たからである。

このように,民衆はただ国王・ソロモンの有能さに感服しているのではなく,彼の力を通じて神の偉大さに感じ入っているわけです。

また,神がソロモンに与えた「知恵に満ちた賢い心」は,大きく2種類の意味でソロモンの能力を高めました。

「ソロモンの審判」のエピソードに描かれているのはいわゆる「智恵(人や物事をよく理解し,善悪を正しく判断する力。智慧ともいう。)」であり,優れた判断力を示しています。

一方,「ソロモンの知恵」のエピソードでは多くの格言を語ったり歌を作成したりと「知恵知識)」の面で優れていることが語られます。

そして,この2種類の賢さが複合的に発揮されたのが「シバの女王の来訪」のエピソードと言えます。
ソロモンの知恵を試しにわざわざ国外から「シバの女王」がやってきて難問を出しますが,ソロモンは難なくその全てに回答してしまい,シバの女王を感服させるという内容です。

クロード・ロラン『シバの女王の乗船』(1648)クロード・ロラン『シバの女王の乗船』(1648)

具体的に「難問」がどんな内容だったのかは記されていませんが,単なる知識問題ではなかったことは想像に難くなく,「知恵」と「智恵」の両方を駆使して回答したことでしょう。

このエピソードにも,シバの女王がソロモンの能力と,それを授けた神への畏敬の念を口にする様子が描かれています。
ソロモンの知恵が外国の元首をも唸らせるレベルであったことが描写され,その並外れた能力の高さが強調されるというわけです。

まとめ

今回はプッサンの名画『ソロモンの審判』を取り上げました。
その結果,以下のようなことが分かりました。

  • 『ソロモンの審判』は,1人の赤ん坊を巡って自分こそが本当の母親だと主張する2人の母親に対し,古代イスラエル王国のソロモン王が知恵を働かせて本当の母親を見極める様子を描いた名画
  • ソロモンを中心に内装・民衆・服装などあらゆる要素が左右対称に配置され,構図を美しいものとしている
  • 同テーマを扱った他の画家の作品と比べて,ソロモンの言葉に驚く民衆の表情や仕草が非常にリアルである
  • ソロモンの視線や位置,姿勢がどちらが本当の母親であるかを暗示している。
    特に,指のさし方が裁判関係のシンボルである「天秤」を思わせる形となっている
  • ソロモンが民衆同士の争いに直々に対応しているエピソードが描かれるのは,「列王記」上でこのエピソードの直前に描かれた「神から授けられた善悪を正しく判断する力」が発揮されていることを示すためと考えられる
  • ソロモンが神から授けられた能力は「知恵(知識)」と「智恵(物事を正しく理解し判断する力)」の大きく2種類であり,その評判は外国に伝わるほどだった

美術作品には,初心者だからこそ様々な視点で楽しめるという魅力があります。

今後も様々な作品を取り上げて鑑賞,考察していきたいと思います。
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最後までお読みいただきありがとうございました!!

参考書籍

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