男性的にも女性的にも見える真っ白で美しい身体を惜しげもなくさらけ出し、虚空を見つめるミケランジェロの『ダヴィデ』像。
果たしてこの彫像はどのような背景で制作され、何を表したもので、どのような特徴があるのでしょうか?
今回は、次の4つのポイントを軸に解説をしてみようと思います。
- どこを見ているのか?
- 手には何を持ってるのか?
- 何故全裸なのか?
- 頭が大きく見えるのは何故か?
作品解説:『ダヴィデ』の主題と美術史的な位置付け
タイトル:『ダヴィデ』
作者:ミケランジェロ・ブオナローティ(1475年-1564年)
制作年代:1501年-1504年
場所:アカデミア美術館
材質:石膏
『ダヴィデ』の解説をするために、次の2つのステップをふんでいきます。
- 『ダヴィデ』の主題について
- 『ダヴィデ』の美術史的な位置付けについて
①『ダヴィデ』の主題について
まず、この作品の扱っている主題について解説していきます。
ダヴィデは、旧約聖書に登場する少年で、アブラハムの子孫達がカナンの地にかまえたイスラエルという国を周囲の敵国、特にペリシテ人から守り抜き、勝利に導く英雄譚の登場人物です。
ペリシテ人の軍隊にはゴリアテという3メートル近い巨人の戦士がいて、イスラエル軍は手を焼いていました。
ある日、イスラエル人の少年ダヴィデは、戦っている兄達に食料を届けるために戦場へと向かいました。
ところがダヴィデはそこで紐と石だけを持ってゴリアテに立ち向かいます。
ダヴィデはまず紐を使って石をゴリアテの額に命中させ、ゴリアテが前のめりに倒れ込んだ隙にゴリアテの腰から剣を抜き、首を切り落としてしまいました。
強大な戦力を誇るゴリアテを失ったペリシテ人は動揺し、逆に勢いづいたイスラエル人はそのまま勝利を収めました。
この戦いでダヴィデは英雄となり、イスラエルの第2代の王となるのでした。
この英雄譚は西洋では知らない人がいないほど有名なもので、またイエスの先祖がダヴィデであるともされているため、特にキリスト教徒の間で人気が高く、ダヴィデを主題とした作品が数多く制作されています。
下の画像のグイド・レーニ『ゴリアテの首を持つダヴィデ』はこの英雄譚を主題とした有名な作品で、切り落としたゴリアテの首を誇らしげに掴むダヴィデの足元にはゴリアテから奪い去った剣が落ちていて、石の投擲に使用した紐を手にしています。
ミケランジェロの『ダヴィデ』も同じくダヴィデを主題としていますが、このダヴィデの周りにはゴリアテの姿もゴリアテの剣も見当たりません。
実はこの作品はゴリアテを倒した直後のシーンではなく、ゴリアテに対峙し、石を投げつけるために真っ直ぐにゴリアテに狙いを定めているシーンなのです。
その証拠に、左手には石が握られ、背中側には投擲に使用する紐が斜めにかけられています。
私は最初に『ダヴィデ』を見たときはリラックスしているポーズのように見えましたが、主題について理解した途端、非常に緊張感の漂った彫像であることが分かりました。
実際、『ダヴィデ』の右手を近くでよく見ると、血管が浮き出ていて、より緊張感が伝わってきます。
ここまでで、最初に挙げたポイントのうちの2つが明らかになりました。
- どこを見ているのか?
⇒敵国ペリシテの戦士ゴリアテを見ている - 手には何を持ってるのか?
⇒ゴリアテを倒すための投擲に使用する石
②『ダヴィデ』の美術史的な位置付けについて
『ダヴィデ』像の美術史的な位置付けを解説する前に、その作者であるミケランジェロ自身の人物像を確認しておきましょう。
ミケランジェロは、盛期ルネサンスの三巨匠のうちの一人で、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエッロと共に15盛期半ば以降に活躍しました。
13世紀以降、イタリアでは同業者組合である「ギルド」の代表が都市国家の運営に深く関与するようになり、一種の共和制となります。
そのような時代背景から、同じく共和制であった古代ローマ・ギリシャの思想・文化・芸術に再び注目するルネサンス運動が沸き起こります。
ルネサンスとは、「再生」や「復興」を意味するフランス語です。
古代ギリシャ・ローマの時代を再評価する、という意味でこの言葉が用いられました。
ルネサンス運動はフィレンツェを中心として起こり、芸術家を支援するパトロンとしては、フィレンツェで銀行業を営んでいたメディチ家が有名でした。
ミケランジェロは10代でメディチ家に才能を見い出されて支援を受け始め、24歳の時に発表した『サン・ピエトロのピエタ』で名声を獲得しました。
『ピエタ』はミケランジェロにとってはいわゆるデビュー作で、89年の人生全体を通してみても特に象徴的な作品です。
ミケランジェロはそのメディチ家でギリシャ文化であるヘレニズム彫刻の作品の数々を目にし、深く感銘を受けていました。
ヘレニズム彫刻はたくましい身体を表現する彫刻ですが、30歳の時に披露された『ダヴィデ』には美しい肉体美が観察され、まさにその影響が見受けられます。
ただ同時に、英雄にしては柔らかな体つきにも見え、男性らしさと女性らしさを共存させようとしたミケランジェロの試みが感じられる作品です。
また、片足に重心を乗せて身体の軸を湾曲させたコントラポストという手法も用いられていますが、これも古代ギリシャ彫刻の影響だと考えられ、まさにルネサンスの代表的な作品だと言えます。
- ミケランジェロは盛期ルネサンスの作家で、メディチ家がパトロンであった
- メディチ家で古代ギリシャ・ローマのヘレニズム彫刻に触れ、影響を受けつつも、独自の表現を行った
『ダヴィデ』の秘密:全裸の理由、頭が大きい理由
さて、『ダヴィデ』の主題や美術史上の位置付けについて理解すると、次のような疑問が湧き出てきます。
- 何故このダヴィデは全裸なのか?
- 何故身体に対して頭が大きく作られているのか?
この疑問に答えを出すべく、ミケランジェロの芸術に対する向き合い方を解説していこうと思います。
①何故このダヴィデは全裸なのか?
既に『ダヴィデ』の主題については解説した通りで、旧約聖書の英雄譚が元となっています。
ここで同じ主題を持つ作品の一つであるグイド・レーニ『ゴリアテの首を持つダヴィデ』と比べてみると、シンプルながら強烈な違和感に気付かされます。
- 何故全裸なのか?
- 何故勝利のシーンではないのか?
- 何故少年ではなく青年なのか?
特に「何故全裸なのか」というのは私のようなアートの素人からすると一番最初に抱く疑問ですが、これらの疑問は全て1つの理由に帰結することが出来ます。
それは、ミケランジェロが伝統や慣習を打ち砕いて独自の芸術を作り上げることを目指していたから、ということです。
より詳しく解説していきます。
ミケランジェロは『サン・ピエトロのピエタ』で一躍巨匠としての名声を手にしましたが、『ピエタ』をもってしても彼は自身の作品に満足することはありませんでした。
伝統的な作風に則った作品である『ピエタ』は、無批判に慣習を受け入れることに繋がる、という点に不満があったようです。
というのも、ミケランジェロが歩んできた社会はメディチ家、法王、フィレンツェ共和国など様々な支配者が対立し合い、それぞれが異なった共同体を形成していたのですが、ミケランジェロはそのどれにも属さず、それと同時にどの共同体とも関係を持ち続けた、という背景があったからです。
そのため、ミケランジェロは各共同体に無批判に迎合している人々とは異なる視点から人間社会を捉え、共同体に属することで盲目的になってしまう大衆とは全く異質の、人間のより本質的な部分を見ていたと考えられます。
そのような背景の元制作されたのが、『ダヴィデ』です。
先ほど紹介したレーニの絵ではゴリアテの首、ゴリアテの剣、紐が描かれており、それらがアトリビュートとしての機能を果たしています。
アトリビュートとは、西洋美術において歴史人物や聖人・神と関連付けられた持ち物で、持ち主を特定する役割を果たします。
例えば百合の花、トゲのないバラの花、赤と青の衣、幼子イエスなどを持っている人物は聖母マリアであると特定できます。
しかし、ミケランジェロの『ダヴィデ』ではアトリビュートが極限まで削ぎ落とされ、辛うじて左手に持った石、そして正面からは見えない背中に配置された紐がダヴィデのアトリビュートとして残されています。
さらにいわゆる「ダヴィデらしさ」や「ダヴィデとゴリアテの決戦らしさ」を感じさせないために、少年のはずのダヴィデを青年にし、そしてゴリアテを描写せずにダヴィデのみを描写する、という表現に行き着いたのです。
全裸の『ダヴィデ』からは、「アトリビュートを削ぎ落とす」という美術論的な部分だけでなく、「無批判・思考停止に慣習を受け入れたくない」というミケランジェロの本質的かつ挑戦的な芸術家としての精神が垣間見えるように、私は感じます。
- ミケランジェロは様々な共同体が対立し合う社会の中にあってどの共同体にも属さず、人間の本質的な部分を見ていたため、伝統的な慣習にとらわれない作品を制作したかった
- その結果生まれたのが、全裸で、アトリビュートが削ぎ落とされ、主題に対する新たな表現を打ち出す作品である『ダヴィデ』であった
②何故身体に対して頭が大きく作られているのか?
ミケランジェロの『ダヴィデ』の顔を横から写した写真を見てみると、ちょっとした違和感に気が付きます。
肩幅に対して、若干頭が大きく感じませんか?
そのせいか、真横から見た『ダヴィデ』はなんとなくアンバランスのように思えます。
しかし、実はこれは計算の上でのバランス感なのです。
ミケランジェロの『ダヴィデ』は4メートルを超える巨像で、台座の部分を合わせると5メートル以上となります。
そのような巨像に相対するとき、鑑賞者は真横からではなく、必ず見上げる形での鑑賞となります。
すると、遠近法が効き、鑑賞者から見ると頭は相対的に小さく見えます。
そこで、ミケランジェロは頭を若干大きめに作ることで、下から見上げた時に美しいバランスになるように『ダヴィデ』を制作したのです。
このような手法は当然当時からすると新しいもので、ミケランジェロの伝統や慣習にとらわれない芸術性がよく現れています。
- 『ダヴィデ』の頭が大きく作られているのは、下から見上げた時に丁度いいバランスになるように計算されているから
まとめ
ミケランジェロの『ダヴィデ』像は、ペリシテ人との戦いで巨人ゴリアテを倒し、イスラエル人を勝利に導いた少年・ダヴィデという旧約聖書に登場する英雄譚を主題にした数ある作品の中の一つです。
しかし、アトリビュートを極限まで削ぎ落とし、ゴリアテとの戦いそのもののシーンではなく戦いの直前のシーンを表現し、そして何より全裸であるミケランジェロの『ダヴィデ』は、有名な主題を元にした作品群の中でも異質な存在です。
その異質さは伝統的な慣習といったものに対して抵抗を示すミケランジェロの芸術観から生まれたものですが、盛期ルネサンスを代表する芸術家であるミケランジェロ自身は、古代ギリシャ・ローマの彫刻に憧れを抱いていたようです。
しかし、それこそがまさにミケランジェロを苦しめていたのではないでしょうか。
古代の芸術に憧れ、その一方で定まった形式での芸術には抵抗を示す。
この矛盾する芸術観がミケランジェロを悩ませていたのではないでしょうか。
『ピエタ』や『ダヴィデ』を代表とするミケランジェロの彫刻はもはやローマ彫刻のレベルを超越していますが、ミケランジェロ自身は『ピエタ』や『ダヴィデ』を超える彫刻をついぞ生み出すには至りませんでした。
結局ミケランジェロは慣習を否定しつつも古代に憧れ、そして自分自身の作品を超越していくことも出来なかったのです。
ミケランジェロもまた早熟すぎた天才の一人だったのかもしれません。