はじめに
「これからの時代の必須スキル」と聞いて,あなたは何を思い浮かべるでしょうか?
- 世界中の人と自由に意思疎通できる英語力?
- 思い通りに動くソフトを作れるプログラミングスキル?
- ビジネスマンなら身につけておきたい会計知識?
こうしたスキルはあるに越したことはありませんが,どれも「万人に共通して必要なスキル」とは言えません。
では,これからの時代に誰もが求められるスキルとは一体何なのでしょうか?
私が考えるに,その答えは「立問力(りつもんりょく)」です。
「何だその怪しげな力は?かわいそうに,この記事の筆者は頭がおかしいのだろう」と考えて帰ろうとしたそこのあなた!私の頭のネジが飛んでいるのは否定しませんが,ここからが肝心ですのでもう少しだけお付き合いください。
※立問力に関連して,リベラルアーツ研究所では以前の対談で「立問立志」というこのサイトの理念を打ち出しました。よろしければこちらの記事もご覧ください。
なぜ今,「立問力」か?
立問力とは,読んで字のごとく「問いを立てる力」です。
(※「立問力」は,リベラルアーツ研究所が考案した造語です)
なぜ今後,問いを立てる力が重要になるのでしょうか?
私が考える最大の理由は,「個人が自分に合った良質な情報を手に入れ,行動していく必要性が高まったから」です。
その根拠となるのは,以下2つの社会背景です。
背景①社会の伸びが鈍化し,万人が思い描く「正解」が消失した
近年の日本社会は経済成長が頭打ちであると言われます。
実際に,経済成長率をグラフ化してみると,その停滞ぶりが浮かび上がります。
高度経済成長期やバブル時代のように社会全体が伸びていた時代には,「個人がどう生きるべきか」といったことを深く考える必要性は低下していました。それは,どんな選択をしたところで経済的にそれなりに豊かになることができたからです。
そんな時代の中では「みんなと同じように家/車/家電が欲しい」といった分かりやすい動機が個人の中に生まれやすく,「良い大学を出て良い会社に入り,定年まで勤め上げて老後は年金で暮らす」というのが万人が思い描く「正解」のイメージとして広く認知されていたのではないでしょうか。
しかし,日本経済が停滞する中で2008年のリーマンショック等の経済危機が起こると,名門大企業でも倒産・リストラをせざるを得ない状況が報じられ,こうした「正解」にはもはや期待できないことを人々に痛感させました。併せて社会保険料の増加や増税などが相次ぎ,国にも余裕がないことが誰の目にも明らかになりました。
このような状況の中で,企業や国などの大きな箱の中で組織を支える役割を果たしてきた個人個人が急にクローズアップされ,自らの進むべき方向性を自分自身で見定める必要性が高まってきました。
背景②情報が氾濫し,必要な情報を自ら探し当てる必要性が高まった
日本社会の経済成長の鈍化と同時に,急速に進んだのがインターネットと検索エンジンの普及です。
Googleが検索エンジンサービスを開始したのは1997年,日本語に対応したのは2000年のことです。
それからわずか20年の間に,ノートパソコンやスマートフォンの爆発的な普及と共に検索エンジンは人々の生活に浸透しました。今や小学生が情報を得るために自分のスマートフォンで「ググる」のは決して珍しい光景ではありません。
一方で,インターネットに氾濫する膨大な情報の中から,真に自分の求めている良質な情報を探し出すのは年々難しさを増しています。
中には虚偽情報であったり,企業等が商品を売り付けたいがためのポジショントーク的な情報も混じっており,こうした中で自分の求める情報にたどり着くためには,情報を探す個人の側に
- 自分の知りたいことは何なのか
- その疑問に答えを出すためにはどんな情報が必要か
- その情報を得るためにはどんなワードで検索するべきか
といった「問い」を自分の中で洗練させることが求められるようになったのです。
筋の良い問い・悪い問い
私が「問い」に注目したのは,近年の社会背景の変化だけが理由ではありません。「問いを立てること」が人間のあらゆる思考の基礎となる行為だからです。
歴史の中でも「立問力」が発揮されて社会を豊かにした事例は数多いですが,今回は自動車王ヘンリー・フォード(1863-1947)の事例を簡単にご紹介します。
フォードと言えば,現在も世界的な自動車メーカーとして有名ですが,その創業者であるヘンリー・フォードの言葉にこのようなものがあります。
もしも人々になにがほしいか尋ねたなら,彼らは「もっと速い馬がほしい」と答えていただろう
今からおよそ100年前の20世紀初頭,移動手段といえば馬車が常識でした。
より速く,より遠くへ行ける交通手段が「解決すべき問題」として設定される中で,多くの人々は
「どうしたらもっと速く走れる馬を手に入れることができるか?」
を考えたのです。
しかしフォードは違いました。
「馬に代わる交通手段が何かないものか?」
恐らく,これが彼が立てた問いでしょう。
そして実際に,生物である馬の限界(最高速度,持久性,餌の必要性,排泄物処理の必要性など)を超える自動車という新しい交通手段を見出し,その大量生産に成功してアメリカを爆発的に発展させたのです。
このエピソードは私の大好きな瀧本哲史先生の著書『ミライの授業』で扱われています。
名著中の名著なので是非ご一読いただきたいと思います。
また,別記事にて詳しく扱っていますので,そちらも是非ご覧ください。
さて,フォードの例でも見たように,大抵の場合,問いには明確に筋の良い・悪いがあります。問いを立てるとは言っても,闇雲に問いを量産しても仕方ありません。
冒頭で立問力とは「問いを立てる力」のことだと書きましたが,より正確には立問力は「より筋の良い問いを立てる力」と定義できます。
例えば,あなたが通っている小学校に,卒業生として活躍している有名なプロ野球選手が講演に来たとします。あなたは校内新聞の記者として,講演後には自由に質疑応答できる時間が設けられたとしましょう。
この場面で,とにかく質問しようということで「野球は好きですか?」などと聞くことがいかに筋が悪いかは説明するまでもないでしょう。
この場面での「筋の良い質問」の定義を「今,この場で直接聞けるからこそ得られる情報を引き出す質問」であるとすると,例えば,「この学校の中の思い出の場所とエピソードは?」や「この地域からあなたのようなプロ野球選手を今後も輩出するためには何が必要か?」などが「筋の良い質問」と言えるでしょう。
(こんな質問をする小学生がいるのかはかなり疑問ですが)
また,「野球は好きか」という質問自体は筋が悪いですが,その選手独自の表現が飛び出すことを期待して「野球はどれくらい好きか」「野球と同じくらい好きなものは何か」といった質問は良い質問と言えそうです。
立問力と「課題発見力(問題発見力)」との違い
さて,「立問力」の概要をご理解いただいたところで,「課題発見力」との違いについて見ていきましょう。
下記の図表をご覧ください。
立問力と課題発見力を比較すると,最大の違いとして挙げられるのは,課題発見力が「問題解決」ありきの考え方だということです。
何かを見て「解決すべき問題があるのではないか?」という発想から思考がスタートするために,「このようにすれば解決できるのではないか」という「仮説」が非常に重要なファクターになります。
一方で立問力は「問いそのもの」により重点を置く考え方であり,目的は問題解決に止まらず,自分で自由に設定できます。
課題発見力はビジネスの文脈で語られることが多いですが,立問力はより広い場面で広い人が活用可能です。
例えば小学生が街中を歩いていて「信号の仕組みってどうなっているんだろう?」という問いを抱き,調べ学習の結果を独自の考察を加えたレポートにまとめたとします。そのレポートが行政の目に止まり,子供の目線から見たより安全な信号システムの要件の示唆をレポートから得て,新しい信号の開発に繋がったとしましょう。
このケースでは立問力による素朴な「問い」が現実世界をより良いものにしたわけですが,課題発見力の考え方では初めから「こうしたら信号システムはより安全になるのではないか?」という「仮説」ありきで話が進みます。
初めから仮説を持って物事を見るというのはロジカルシンキングの訓練を受けたビジネスマン等でないとなかなか難しいものがあり,また上記の例のように,素朴な問いが結果的に問題解決に繋がるというケースが起こりにくいという弱点があります。
また,例えば立問力の高い大学生は他人と目の付け所が違うためユニークなテーマの論文が書ける可能性が高いですが,これはそもそも問題解決が最終ゴールになっていないため,課題発見力が直接役立つものではありません。
ここまで立問力と課題発見力の相違点を見てきましたが,重要なポイントとしては,両者は相反する性質のものではないということです。課題発見力は問題解決を前提として使用される「問い(および仮説)を立てる力」なので,広い意味で立問力に包含される概念であると言えます。
まとめ
今回は,「立問力(問いを立てる力)」について考えをまとめました。
- 立問力は,これからの時代に必須となる「問いを立てる力」
- 立問力が今後重要になるのは,個人が自分に合った良質な情報を手に入れ,行動していく必要性が高まったから
- 歴史上の有名人も立問力を活かして社会をより豊かに変革してきた
- ただ問いを立てるのではなく,いかに筋の良い問いを立てるかが重要
- 立問力は課題発見力と違って問題解決を前提としておらず,素朴な問いを重視する考え方である
立問力を鍛えるには,幅広い学問分野に関心を持って社会を見るための地力を鍛えておくと共に,頭に浮かんだ問いをメモしておくなど,アウトプットしつつ思考を継続することが必要になると考えられます。
この概念はまだまだ改良の余地があるため,リベラルアーツ研究所では今後も立問力についての研究を続けていきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました!!
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