はじめに
「あなたが今後したいことは何ですか?」
この記事を読んでいるあなたは,この質問に即答できるでしょうか?
ちなみに私自身はこの手の質問が大嫌いで,小学校で何度も「将来の夢」みたいな作文を書かされることにうんざりしていました。(今でもこの謎風習は何なのかと思っています)
私は20歳過ぎで大学生活後半に差し掛かる頃になるまで,冒頭の質問には全く答えられませんでした。
そもそもが,「将来の夢」などという曖昧なもののことを考える余裕もなく,目の前に厳然と存在する大学受験といった壁を乗り越えることが優先課題だったように思います。
しかし社会に出て様々な人と共に働いたり,交流したりする中で,何かしら「やりたいこと」を持っている人は持っていない人に比べてエネルギー量が高く生き生きしている傾向にあることに気付きました。
そして,その「やりたいこと」を見つけるためのヒントとも言うべき考え方を発見したのです。
この記事ではその考え方の概要をご紹介することで,読んでくださる方が「やりたいこと」を見つけるきっかけとなれば幸いです。
この記事は主に,自分がどんな仕事をしたいかよく分からない,とお悩みの大学生向けに書くつもりですが,大学生でない人にもきっと役立つ内容になると信じています。
前提:いきなり「やりたいこと」を見つけるのは難しい
さて,早速その考え方をご紹介!…といきたいところですが,その前に前提を考えておきましょう。
「やりたいこと」と一口に言っても,仕事から趣味まで様々な場面で使われそうな言葉ですが,基本的に仕事(特定の業界の職業)と仮定します。
私は,「自分はAがやりたいのでは?はたまたBか?」というように,具体的な「やりたいこと」をいきなり考えるのは悪手であると思っています。
その理由は,主に下記3つにまとめられます。
- 「やりたいこと」そのものの消滅があり得る
➡︎特定の職業・業界を最終目標として設定すると,技術革新などによってその職業・業界そのものが消滅する可能性に対応できない。例えば,今から「電話交換手になりたい!」と思い立ったとしても,もう職業自体が存在しない。 - インプットが足りないと「やりたいこと」そのものが知覚できない
➡︎特定の職業・業界を「やりたいこと」として設定するとしても,そもそも自分が詳しくない・全く知らない分野の仕事は情報(インプット)が足りないので候補に入ってこない。 - やりたいことを判断するのに必要な「軸」を持っていない
➡︎たとえ興味のあることに巡り合えたとしても,判断軸を持っていないので「なんとなく楽しい/つまらない」といった感想しか出てこない
特に問題なのは②と③です。
私は大学時代,塾講師として多くの中高生から「将来自分がやりたいことが全く分からない」と相談を寄せられていましたが,その原因がこれら「インプットの不足」と「自分なりの判断軸の不在」にあると考えています。
そもそも,主要5教科(英語・数学・国語・社会・理科)を中心とした科目を勉強していても,それでは直接的に自分たちの生きるリアルな「現実社会」は見えてきません。
また,こうした科目のみを勉強していては「自分がどんな価値観を重視するのか」「将来的に自分はどうありたいのか」といった「判断軸」を持つことができません。
「知情意」式自己分析の概要と活用方法
上記のようにいきなり「やりたいこと」を見つけるのは難しいのが実際のところです。
では,先んじて考えるべきことは何か。
それが「コアモチベーション」です。
コアモチベーション
➡︎
その人が持つ「根源的な動機・欲求」。
その人が日々活動する上でエネルギーの源となっている,「この欲求が満たされるから自分は頑張れる」と思えるもの。
言うまでもなく,人間には人それぞれ個性があります。
そしてさらによく観察してみると,それぞれが異なった「モチベーション」を土台として日々の行動を取っていることが分かります。
私は大学時代からどうもこのモチベーションには大まかに「タイプ」があるように思っていました。
そして,周囲の人と交流する中でその人の行動のモチベーションを探るとともに,どのようなモチベーションがあるのかメモに書きつけて記録していました。
そして,書き出された多くのモチベーションを眺めていたのですが,何となく3~4種類に分けられるようでいて,なかなか綺麗に言葉でまとめることができません。
そんな時,たまたま読んでいた渋沢栄一の著書『論語と算盤』に答えを見つけたのです!
(ちなみに友人が譲ってくれたのですが,『論語と算盤』にはマンガ版もあります。こちらは渋沢の伝記的要素もあり,読みやすくて大変お勧めです!)
それは,人間の心の働きが大きく「知・情・意」(知性・感情・意志)の3つに分けられるという考え方です。
元々は哲学者カントなどによる概念です。
渋沢は著書の中で,この3要素のそれぞれの役割を説いていますが,私は先述の「コアモチベーション」についてもこの「知・情・意」のそれぞれのタイプがあると考えました。
そして,その人を日々動かしている代表的なモチベーションは複数あり,多くの場合においてその人自身が「知・情・意」いずれかに偏りを持っていることが分かりました。
私の友人たちを見渡してみると
- 大学の研究室に一日中こもって実験に明け暮れており,世間にほぼ興味がない人
➡︎ 「知」タイプ - 自分の損を気にせず,何かと人の世話を焼いてばかりいる人
➡︎ 「情」タイプ - 将来的に起業を目指し,バリバリと仕事に打ち込む元運動部キャプテンだった人
➡︎ 「意」タイプ
といった例が見られます。
もちろん,あくまで「いずれかに偏りがある」というだけで,実際にはこの3要素のモチベーションのどれかが全く欠けている人はいないでしょう。
また逆に,3要素全てをバランス良く兼ね備えている人というのは(特に若い人では)ほとんど見たことがありません。
さらに代表的なモチベーション例を挙げてみると,例えば以下のような一覧ができます。
いかがでしょうか?
あなたにも一つは心当たりのあるモチベーションがあるのではないでしょうか?
私は元々「情」タイプであるため上記は「情」に関する項目が多くなっていますが,その人によってモチベーションのリストは全く異なってくるはずです。
さて,あなたは何タイプでしょうか?
「知情意」式自己分析の活用ステップ
では,こうしたコアモチベーションを知るためには具体的にどのようなステップを踏む必要があるのでしょうか。
以下の図にまとめてみました。
重要なポイントとしては,
- 過去の体験を振り返り,自分が意欲的/自主的/継続的に取り組めた活動をリストアップする
- その活動にはなぜエネルギーを注いで取り組めたのか,その活動で満たされたコアモチベーションを書き加える
- 現状分析を行い,よりコアモチベーションが満たされる方向性を検討➡︎実践する仮説検証サイクルを回す
といったところです。
自分のコアモチベーションは先ほどのように「知・情・意」ごとにリストを作成しても良いですし,下記のようなベン図を描いてそこにモチベーションを配置していっても良いでしょう。
いずれにせよ,
- 「自分を突き動かす核となるモチベーション」を知り,
- 現状取り組んでいる活動の中でそのモチベーションを満たす部分を増やす
ことによって,その活動への打ち込み度や成果の出方が全く変わってくる,またあなた自身の強みや得意領域が見つかってくるはずです。
さらに,根本的なモチベーションが明らかになることで自ずと活動の際のアンテナの感度が上がり,自分の「やりたいこと」に近づいた際に自ら知覚できるようになると考えられます。
コアモチベーションを明らかにすることが,一見遠回りに見えて実はやりたいことを考えることに直結しているのです。
おわりに
「知情意」は,かつての日本ではよく知られた概念でした。
例えば夏目漱石の小説『草枕』の有名な冒頭では,このような形で登場しています。
智(知)に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
【意味】
世間の人と付き合うには、頭の良さが見えすぎると嫌われる。
情が深いとそれに流されてしまう。
自分の主張を強く通そうとすると衝突することも多く世間を狭くする。
人付き合いというのは、智・情・意のバランスを絶妙に取る必要があり、なかなか困難だ。
また,明治維新を成し遂げたリーダーたちの中でも中心的な役割を果たした「維新の三傑」(木戸孝允・西郷隆盛・大久保利通)については,「知の木戸・情の西郷・意の大久保」と世間で評されました。
3人の性格の違いを極めて的確に表していると私は思います。
現代の人々,特に平成以降生まれ世代には馴染みの薄い考え方ですが,折しも2021年は大河ドラマ『青天を衝け』の主人公として渋沢栄一が選ばれ,新一万円札の肖像も渋沢栄一に決定するなど,偉人たちの中ではやや影の薄かった渋沢にスポットライトが当たっています。
彼の遺した重要なヒント「知情意」の考え方を活かして,是非あなた自身のコアモチベーションを見つけ出し,充実した日々を送っていただければ幸いです。
最後までお読みいただき,ありがとうございました!
参考書籍
記事本編では『論語と算盤』に触れていますが,USJ再建で有名な森岡毅さんの著書『誰もが人を動かせる!』の中では知情意に近い概念が紹介されています。
リーダーには3種類のタイプがあると森岡さんは言います。
- T型 ➡︎ 思考力を強みとするThinkingタイプ
- C型 ➡︎ 伝える力や人と繋がる力を強みとするCommunicationタイプ
- L型 ➡︎ 人々を統率して動かす力を強みとするLeadershipタイプ
森岡さん自身は触れられていませんが,これはまさに今回ご紹介した「知情意」それぞれのモチベーションに基づくリーダー論になっています。
それぞれのタイプについて非常に詳しく述べられている良書なので,是非ご一読ください。